2026.01.16
外科のセンセイって何するひと?
むかしむかしあるところに、お医者さんと看護婦さんが住んでいました。
センセイ、そのお医者さんは内科だったの?
昔はね、外科のお医者さん居なかった1)から。みーんな内科。
モーチョーも手術しなかったの?
虫垂炎ね。お腹を開けている間、痛みや不安を和らげるクスリが無かったし。手術中に痛みで死ぬか、終わった後にばい菌にやられて死ぬか、どっちにしても助からないから誰も手術なんかさせてくれなかったんだよ。
病気が治ってもバイキンマンにやられちゃうの?
手を洗わずに手術してたからね。顕微鏡のない時代は、見えない汚れ(細菌)が付いてるなんて夢にも思わなかったんでしょ。抗生物質も無かったから、腹膜炎になったらお手上げ。
外科なんてあり得ない暗黒時代が長く続いておりました。
実際は、古く十字軍の遠征で派手に負傷した兵隊さん等々に対する外科治療の需要もあったかと推察されます。これらの多くは皮膚の切開排膿とか四肢末端の切断といった皮膚科整形外科領域の簡便な処置であり、偉いお医者さんたちからは児戯に等しいと敬遠されたためか、正式な医師の資格を持たない町の左官屋さん散髪屋2)さんが担っていたようです。つまり医師の指導/指示のもと実際に切り刻むのは刃物使いの職人さんであり、中世ヨーロッパでは彼らのことを「医師じゃない」という意味合いで外科医と呼んでいました。
19世紀に入ると状況が一変します。
ゼンメルワイスが手洗いの効用を見出したのを皮切りに、パスツールの細菌学、リスターの消毒法、モートンのエーテル麻酔、、、。
外科処置に伴う不安疼痛と術後感染を制御する環境が整うにつれ、散髪外科医の守備範囲を越えてようやく深部組織や内臓にまでもメスを入れることが可能となります。本物の病気を治せるとあってはプロの医師たちも黙っていられません。それまでの保守的姿勢を改め、こぞって本格手術に臨むようになります。医師免許を持つ外科医師の誕生です。
この期に至って「外科じゃない」旧来の職能を内科と呼ぶようになりました。
我が国では江戸時代後期に蘭学が移入されるまでの医学の主流は漢方3)でした。こと漢方医学においては現代の内科に相当する「本道」という位4)があり、「本道じゃない」医師は、、、俗に本道は漢方がよく外道は南蛮がよいと謳われた「外道」こそが外科のルーツであります。
その後の外科は飛躍的な発展を遂げ、現代医療に欠くべからざる一翼を担っているのはご承知の通りです。偉い外科先生に向かって不用意に「下科」とか言おうものなら、間髪入れずメスが吹っ飛んできます。くれぐれもお気を付けください。
注1)くまなく見渡せば、昔ばなしに登場する人物で外科のお医者さんが少数ながら存在します。せいぜいケガの手当て程度ですが。
注2)理髪店の店先でくるくる回る3色の渦巻き模様は、動脈(赤)と静脈(青)と包帯(白)の色を表しています。まさに外科医院の看板です。
注3)漢方の発祥は中国ですが、日本に伝来して後は独自の発展を遂げ、江戸時代には独自の理論や技術を確立しました。現代でも西洋医学と矛盾することなく共存しています。
注4)中国伝統医学(中医学)における医師の序列;上級から①食医(薬膳栄養士)、②疾医(内科医師・薬師)、③瘍医(外科医師)、④獣医。
