院長のひとりごと BLOG

小児科コラム

2025.09.18

2025.09.18

研修医のための予防注射 初級篇

さてここで問題です

突然ですが元MLBシアトル・マリナーズで活躍したイチロー選手、彼にはちょっと変わった特技があります。それは何でしょう?

イチロー選手とは面識がありませんので真偽のほどはわかりませんが、かつて読売巨人軍の守備コーチを務めていた某黒江さんから聞いた話;それは「いつ息を吸っていつ吐いているかわからない」技だそうです。

 

野球に限らず剣道・ボクシングなど対人打撃系のスポーツに共通する基本理念、それは呼吸法です。バットでもパンチでも、打ち込むときには①息を吸って吐きながら打つ、か②息を吸って止めて打つ、しかあり得ません。③息を吸いながら~打とうとしても力が籠らないのです。

翻ってボクサーは対手が息を吸う瞬間を狙ってパンチを繰り出します。息を吐かないとカウンターが返せませんので、打たれたほうはガードするしかありません。

野球に当てはめれば、吸気のタイミングで絶好球が来ても、バッターは見送り一択です。吸いながら振れないんです。ナイター観戦中に「なんであんないい球を見送るんだろ」とヤキモキするお父さん方、それは呼吸のタイミングを外されてるからです。私がピッチャーなら、打者が息吸うのを見計らってストライクを投げ込み、カウントを稼いだ後に息を吐くタイミングで変化球→空振りに仕留めます。

余談ですがもし私が捕手なら、打者の呼吸パターンを盗み見て投手へサインを送る/頭脳プレーを仕掛けます。元ヤクルトの野村・古田の師弟コンビがこの戦法を採用していたとの噂がありますがこれも定かではありません。

とまれ、イチロー選手が呼吸を読ませない以上、ピッチャーは運を天に任せて投げるほかなく、当然の帰結として好球を簡単に打ち返されてしまう次第であります。

 

閑話休題;医療においても他人事ではありません

乳幼児の予防接種の現場にて、ただ闇雲に針を刺したのでは当然泣かれます。赤ちゃんが息を吸うタイミングで穿刺するのが大原則となります。

赤ん坊の呼吸を読むのはカンタンです。古田捕手のように策を弄する必要もなく、私どもには聴診器という秘密兵器がございまして、このデバイスを用いて敵方に悟られることなく詳細な情報を収集することが可能となっております。診察のフリして秘密裡に呼吸を探っていようとは、お釈迦様でも気が付きませんし、あのイチロー選手もさすがに聴診器当てられたら呼吸パターンを隠蔽することなど絶対に叶いません。注射前の聴診で児の肺音の把握に努め、この時点で自身の呼吸をシンクロ(同調)させておくと後々の操作が容易になります。

ここであわてて注射器を持ち出すは下策。針を刺す瞬間に臨むと児を抱く保護者は身構えますし、膝に抱かれた児へもスキンシップを通じてその緊迫感が伝わってしまいます。緊張すると息を吞んだ状態になりますので、自然な呼気が留保されて針刺しをきっかけとして一気に暴発する事態を招きかねません。

そこで私の場合、保護者さんと何かしら雑談を講じます。くだらないダジャレなどお耳汚しは恐縮ですがこれも戦略の一環、会話の常として話し手の呼吸と聞き手の呼吸がシンクロ(同調)することが知られており、自身の呼吸のタイミングが保護者と一致するよう誘導します。

結果、医師と患児と保護者の呼吸が揃ったところで、「今日は注射やめとこうかなー」とか適当なフレーズを述べながらこっそり穿刺、皆が息を吐き切ったリラックス状態で薬液を注入すれば、その後は吸気期間ですから泣き叫ぶことが不可能となります。

ウチでも、たまに呼吸を捉え損ねて「今日の注射は痛いよぉ」とのクレームを頂戴することがありますが、まだまだ注射マスターへの道程は遠いようです。相すみません。

 

注)

この頃、特に乳児期のワクチンにおいて、質(局所の疼痛)・量(本数)とも旧来のレベルを遥に越えてくる状況が常態となり、上記イチロー方式を励行しても太刀打ちできない場面が大勢を占めるようになりました。強烈に痛くてしかも複数回穿刺されると、どんなに小手先の工夫を凝らしてもほぼ全例泣いてしまいます。しかも乳児早期から繰り返し激痛に見舞われると、医師と対面することで反射的に緊張と畏怖に習慣づけられてしまい、和やかに注射を致す雰囲気など望むべくもありません。

本稿では「インフルエンザワクチン」「1本だけ」のような古き良き時代のケースを想定していることをご承知おきください。

 

注2)別件ですが

ウチでは、幼児期のワクチンは基本的に右手の上腕外側に接種する傾向にあります。

こどもの場合、左手に注射すると無意識に右手で引っ搔こうとするため、跡が腫れ上がったり化膿したり、、、右腕のほうは比較的安静が保たれ易いです。俗に「大人は左手こどもは右手」と言われますが、明らかに左が利き手と判断できるケースを除き、右への接種が優先されます。

もちろん小学生以上で本人の分別が担保されていれば、成人同様に左手に打っても差し支えありません。

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