小児科コラム
2025.08.13
2025.08.13
手洗いのすゝめ
コロナ禍で一世を風靡した標準予防策、その筆頭が「手指の衛生」です。石けんと流水による洗浄もしくはアルコール等の消毒薬をお好みで用いて病原微生物を排除しようという試みですが、つまるところ接触感染対策であります。
手のひらにウイルスが付着しても直接に健康被害を及ぼすことは稀です。蚊とかダニとかヒグマとかならいざ知らず、極小のウイルスが皮膚を食い破って蹂躙するパワーを持ち合わせているわけもなく、皮脂腺・汗腺・微細な傷等から内部組織へ至る経路には様々な障壁があるため容易に侵入を許しません。ウイルスの付いた手で口や鼻を触ることで、その粘膜から感染が成立することを接触感染といいます。口鼻には比較的守りの手薄な粘膜が露出しており、眼の結膜と併せて敵の上陸拠点となるのはご存じの通りです。
つまり手は洗わなくても構いません。顔を触らなければ良いわけです。もしくは「顔を触る前に手を洗う」、具体的には食事の前と就寝前に手を洗う習慣が望ましいと言えましょう。食事の際には手で触れた食器を介して口の中へウイルスが運ばれてきますし、寝てる間は無意識に顔を触るリスクを避けられませんので。
さて本題です。
皆さまの日常における手洗いのうち最もありふれた機会はトイレの後ではないでしょうか。個人差あれど食事の回数よりトイレの回数が多い方が大半だと思います。トイレといえばお手洗いの別称があるのもうなずけます。
トイレの手洗いは上記感染予防策とはちょっと趣が異なります。用を足した後に手を洗わない人と握手するのはイヤだし、その人の握った寿司は食べたくない。神社に詣でる際に手と口を清める所作の延長であり、自身の感染対策と言うよりも他者を汚染しないためのエチケットであります。
自分自身を感染から守るためには当然トイレの前に手を洗わなくではなりません。人間の粘膜は顔面に集中していますが、忘れてならないもう一極が外陰部です。汚れた手指で下着を触ると粘膜からの感染に直結します。まあ酷い咳とか吐き下しとか呼吸器消化器の症状と比べると泌尿生殖器系の感染症は地味で馴染みもないし、せいぜい膀胱炎の予防といってもご興味ない分野かもしれません。不肖イヌイが生まれてこのかた駅や百貨店の公衆トイレを使った回数~ちょっと数えきれないほどですが、用便の前に手を洗う紳士にお目にかかったことがありません。ひょっとしてトイレの前に手を洗っているのはこの世でイヌイただひとりではないのか、との錯覚に陥ることさえあります。
確かに自宅のトイレの場合、用便前の手洗いは必要ないかもしれません。個人宅において家財はじめ水栓・ドアノブ・電灯スイッチに至るまで触れるのは家族のみであり、手指の汚染レベルは許容範囲です。翻って他人の手指が触れた可能性のある個所を触った(つり革につかまった、エレベータの階床ボタンを押した、釣銭を受け取って財布に入れた)ままの手で自分の下着を触ったら、不特定多数のオッサンが自分のパンツに手を入れているのと同等ですよね。清潔不潔通り越してなんか気色悪くないですか。家族が自分の下着を洗って畳んでタンスにしまっても何とも思いませんが。
お便所の後は手を洗いましょうね、教わったのはたぶん幼稚園のころだったと記憶しています。園や学校の保健教育の現場に「事前手洗い」の精神が根付いてくれるよう願って止みません。
(本文中、随所に尾籠下品不適切な表現がありましたことを深くお詫び申し上げます)